matt fukazawa talks much / コラム
matt's column
道具が手に馴染む瞬間がある
野菜に包丁が吸い込まれてゆくようなあの感触
バイクがあたかも意思を持つかのように反応する瞬間
手を離れる前にトリプルを確信できるダーツ
未だ走ってもいないコースのラインがくっきりと浮かび
ファインダーを通った光が眼に届いたその時には既に
フィルムにそっと写し込まれる画が決まっている
どんな分野に於いても僕は決して優れた遣い手などではなく
その道のスペシャリストでも誰もが認める天才であるわけもない
ただ、自分の手の中でイメージを形にする道具を愛し
それ以上に道具を使ってイメージを具現化させることが
たったそれだけのことが、どうしても止められない
道具は自分自身であり
自己の延長であり
同時にただの物体でもある
その物体に時として魂が宿り
持ち主の意図を超えた働きを見せる
遣い手とは、そんな時を過ごすことのできる
素敵な心と道具の持ち主なのだろう
技術の有無は、もはや問題ではない
道具とともに表現を続け、経験を積んでゆくと
心を持つ人は否応なしに成長という波に押し出され
道具が道具でなくなる日がやってくる。
あれほどまでに愛し、自分を表現するツールであった
大切な道具がただの物体になってしまう日
指先を通じて心が滲みてゆくようなあの感覚は
二度と遣い手に戻ってくることはない
お別れの日とは、即ち遣い手が新しい世界へと踏み出す
新鮮で、怖くもある、素晴らしき日でもある
時間と心を共にしてくれた道具たちへの感謝をこめて
いつしか再び訪れるであろうお別れの日まで
今の自分を全力で表現しよう
僕の魂を表現することにその命を燃やしてくれた
僕の回りの道具たちよ
あなた方と出会い、
あなた方の魂に触れることができた
その幸運と、
あなた方ひとつひとつに
心からの感謝を送ります
ありがとう。
2005 March.07